『とりかえの苦労』

双子が入れ替わって少し経ったある日のこと。
春蘭と春雷は束の間の再会を許されていたが、再会した二人の顔は暗い。
「官僚としての生活には慣れたけど……」
「苦労が多いよね。特に……」
 性別を隠す上では様々な苦労が生じる。着替えるときや用を足すときなど、常に人の目を気にしなければならない。中でも、一番大変なのは――。
「………風呂とか」
 二人は同時に呟いた。枢密院にも後宮にも風呂はあるが、どちらも共同風呂だ。
「僕には秋明がついてるけど、春蘭は一人だからかなり大変でしょ?」
「そうだね。普通の風呂だけじゃなく、幹部用の風呂に入るのも失敗したし……」
「幹部用の風呂?」
「うん。そっちは上位の数人しか使わないから、空いてる時間も長いと思って、こっそり窓から入ってみたんだ」
 あまりに大胆な春蘭の言葉に、春雷の顔が固まった。
「でも入ってたら大変なことになった。途中で海宝が入ってきたんだ」
「えええっ!?」
 春雷の顔がさらに引きつった。
「もしかして……見たの?」
「まあ……視界には入ったかな。でも見たくて見たわけじゃないから」
「いや、そういう問題じゃなくて……もうちょっと恥じらいとかさ……」
 春雷は嘆いたが、その嘆きは春蘭には伝わらなかった。
「私はすぐに山積みになった風呂桶の陰に隠れたよ。でも海宝は気配で誰かがいるのに気付いて、『誰だ、そこにいるのは』って聞いてきた」
「それで……?」
「私は慌てて猫の鳴き真似をしたんだ。結構うまくいって、海宝も『猫か』って納得した。だけど、ここからがさらに問題だった。海宝はなぜか湯から上がって近付いてきたんだ」
「なんで!?」
「私も分からなかった……海宝がやたら甘ったるい声で『猫は嫌いではない。お前、一緒に入るか?』って言うまでは」
「まさかの猫好き!?」
「……そう、その通り」
 春蘭は世にも恐ろしい話をするように、重く頷いた。
「私は急いで着替えを持って、裸のまま窓から逃げ出した。物陰で服を着てる間も風呂から『猫! 猫はどこに行った!?』って声が聞こえてきて……ああ、怖かった」
「うん、怖かっただろうね。やっぱり女の子は無理しない方が――」
 しかし春雷の心配をよそに、春蘭はしみじみとこう言った。
「仏頂面上司の甘ったるい声を聞くなんてもう二度と御免だよ。しかもあの顔で猫好きとか……怖すぎる」
「ああ……そっちなんだ……」
 春蘭の独特な価値観は、どこへ行っても変わらないのだった。